Mr. & Mrs. Abe Arts & Culture Prize Winner

 

卒業文集に、「好きなお菓子は梅」と書いた女の子/もこもこ

 小学校の卒業文集に、好きなお菓子は梅、と書いた女の子がいた。他の女の子たちの、ケーキとかパフェとかといった丸文字が並ぶなか、私は明らかに「やられた」と思った。「梅って、お菓子なんだ~」と、友達と言いあったりもした。クラスでも隅っこにいるような目立たない子だったけど、皆から一目置かれているようなところもあった。先生は、きっとこの子は将来大物になる、と言った。事実、彼女は難関の国家資格を取り、誰よりも早く家庭を持った、と風の便りで聞いた。やっぱりかなわないな、と思った。
花でも果物でも、万人に広く好まれるものと、狭く深く愛されるものがある。桜やサクランボが前者なら、梅は確実に後者だろう。花としての梅に関しては、「桜と梅、どちらが好き?」という質問がしばしばなされる。私は若い頃、断然桜派だった。しかし、祖母は絶対に梅だと譲らなかった。日本画家の小倉遊亀は、梅の花は好んで描いたが、桜の花は一枚もない、と。そんなものかなぁと、当時はピンとこなかった。この前箪笥の中を整理していたら、祖母が七五三に縫ってくれた梅柄の小紋が出てきた。華やかさはないが、大人っぽい凛とした柄だった。まだ冬の寒さが残る早春に、誰よりも早く花を咲かす梅。着物を広げると、どんなときも不満をこぼさずニコニコしている祖母の面影がそこに立ったような気がした。
果物の梅に関していえば、梅が好きな人は、ふりかけでも飴でも梅味の食べ物を無視することができない。さらには「梅」という文字を見ただけでも、パブロフの犬よろしく、条件反射的に唾液をいっぱいためてしまう。かくいう私も今やすっかりその一人で、釜人鉢の木の梅菓子など、大好物だ。デパ地下で「梅」という文字が入ったお菓子も見逃せない。梅と、他の果物の一番の違いは何か。それは、ミカンやスイカなどがそのまま食べられるのに対し、梅は手をかけなければそのままでは食べられない、ということだ。梅仕事というのが夏の季語になっていることからも分かる通り、漬けたり、干したり、煮たりと、ひと手間かかる。
祖母が梅酒を漬けるのをよく手伝った。2リットルほどの大瓶に、氷砂糖と青梅を交互に詰める。黄緑と白の色合いが初夏らしくさわやかだ。梅は、液がよく染みるように、竹串でブスブスと穴を開けておく。最初は透明でさらさらだった液体が、見るたびにとろりとした琥珀色へと変化していく。その中に小さな球体がぽこぽことひとつらなりになった生き物のように浮いている。梅の実は、薄い皮の中に味わいをため込んでいく。その様子を見るたびに、卒業文集の彼女のことを思った。若い頃はそれほど目を惹かなかった女性が、いろいろな経験をしてじっくりと自分の中に滋味を蓄え、はっとするような魅力的な大人になる。そんな感じ。そして、梅酒はしょっちゅう見ていたらなかなか熟成しない。流しの下にいれて忘れたフリしていると、いつの間にかもう出来上がっている。たとえば、ファッションなんか興味がなさそうな、素朴な女の子。こういう子って、恋愛したりするのかなぁ、と密かに心配しているたりする。が、そういう子に限って実は人気があり、電撃結婚したことをボソッと知らされ、えっ、そんなにモテてたんだあー! と、こちらが勝手にショックを受けていたりする。眼鏡越しの顔をよく見ると、なるほど整った上品な顔をしている……。そんな感じ。
一年後、よく漬かった梅を一口ずつゆっくり味わう。とろりと柔らかな果肉は、ほんの少し齧っただけで、口の中全体に複雑な風味を拡散させる。いとおしむように口の中で転がし、種のまわりの味の濃い部分を舌先で丁寧になぞっていく。ケーキのように決してぱくぱく食べるものではない。この、どこか官能的ともいえる愉楽を、小学生の頃から知っていた彼女には、やはり一生かないそうもない。

 

第一回 Mr. & Mrs. Abe Arts & Culture Prize

入賞作品

 

 その他の受賞作品

 

Our Story

Read

Arts

第一回Mr. & Mrs. Abe Arts & Culture Prize 受賞作品(1枚目)

墨黒から生まれる不思議/2moon

 

第一回Mr. & Mrs. Abe Arts & Culture Prize プラナスミューメ特別賞受賞作品(4枚目)

See you in bloom/Dyeving

 

第一回Mr. & Mrs. Abe Arts & Culture Prize プラナスミューメ特別賞受賞作品(5枚目)

あのはるをおもう/佐藤結希乃